フルートとの関わり

そもそも、フルートという楽器に惹かれたきっかけはと言えば・・小学生の時に音楽の先生から宝仙学園音楽祭の切符をいただき、それを聴きに(見に)行った事だと思います。

多分吹奏楽だったのだろうと思いますが、舞台の上でキラキラ輝くフルートとそれを演奏している女子の姿にすっかり虜になってしまいました。

そしてTV ではブルーコメッツのブルーシャトーが大流行、フルートをクルクルと回すその光景に更に憧れが増して行きました。

決して裕福な家庭ではなかったので『買って!』とせがむ事もはばかれ、風呂に入っては『1日10円ずつ貯めるといつ買えるのだろう?』と曇りガラスに指で計算したものです・・・

近所の楽器店で黄色い教則本(吉田雅夫著全音吹奏楽シリーズ?)を買い、YAMAHAのインペリアルの3/4位のサイズのカタログだったかポスターを切り抜いて、角材に貼って指使いを練習しました。

そして中学に入り吹奏楽部に入部したものの、何とフルートは無くピッコロが1本あるのみでした。

結局トランペットを吹くことに・・・

そのうち、ようやく叔父の知り合いを通して安く買う事ができ、当時20,000円位の日管のFL 23 を入手することができました。

何処で見つけたのか、ツイス通信講座というのを始めました。

講師陣には小出信也、野口龍、青木明といった方々が名を連ねておりました。

テキストと模範演奏のレコードが付いているいるだけで、葉書に質問を書いて送るとその返答が返ってくると云うものでした。(時代を感じますね)

そのうちどうしてもムラマツの総銀(Standard)が欲しくて・・当時の縦長で黒い高級感のあるカタログを見てはため息をついていました。

中学生の分際が遊びでそんな高い楽器を買って貰える訳もなく、音大を受験する決意を示してレッスンに行く事にしました。

中学の音楽の先生の知り合いの楽器屋さんの紹介で、当時芸大の非常勤講師であった長谷川博先生に就く事になりました。

とても厳しい先生で、レッスンの帰り道ではいつも悄気かえっていました・・・

それでも念願のムラマツを手に入れる事ができました!

本当はリングキーが欲しかったのですが、先生にはカバードを薦められそれに従いました。

後日、良くレッスンですれ違っていたのが同じ会社の大先輩だったことを知る事になります。

高校生活は部活にも入らず、ひたすらフルートとピアノの練習に明け暮れていました。

芸大は諦め、国立(くにたち)一本に絞り何とか浪人せずに入学することができました。

大学では当時NHK交響楽団に在席されていた木下芳丸先生に師事する事になりました。(恥ずかしながら最初のレッスンまで存じ上げませんでした・・・)

先生の影響で自分の楽器を Gis オープンに改造したりと、今に至る片鱗を見せ始めました・・・

それから、これもピアノを習っていた中学の音楽の先生の影響で、真空管アンプやスピーカー作りといった工作全般に興味を抱いていました。

卒業を迎えるに至り、音楽教室で教えたりオケのオーディションを受けたりして何とか演奏の道を進むことも考えましたが、着実に安定した生活を求めてフルートを作る工場に就職しました。

さて、会社に入ってみると凄く上手に笛を吹く人が何人も・・・これは音大出なんて言ってられないぞ・・・

かえって仕事を覚える事に没頭し、長年脱却できなかったフルートの呪縛から解き放たれて前からやってみたかった楽器に挑戦することになりました。

まず最初の冬のボーナスでヴァイオリンを買いました。

何の知識もなくいきなり楽器店に行き店員さんと相談して楽器と教則本を購入したのですが、弓が別売であることすら知りませんでした・・・(^^;

ある程度弾ける様にはなったのですが、耳元のうるささと己の限界を悟るに至り、次なる楽器に転向。

管楽器の中でヴァイオリンに匹敵する表現力を有するもの・・・私の中ではオーボエでした。

新宿の JDR に行くと、そこには運良く大学の後輩(Ob)が居り、アメリカのラリリーというメーカーの木管を薦められ購入しました。

ある程度吹ける様になり、Bach の無伴奏 Vn 曲集を練習したりアンサンブルを楽しむ様になりました。

勿論リードも作っていたのですが、中々満足できる物はできませんでした。

丁度その頃、金昌国先生の御子息で現在N響Ob奏者の青山聖樹さんが良く会社に遊びに来ていました・・・当時まだ高校生でした!

そろそろもう少し良い楽器に買い替えようか?・・などと考えつつ JDR に足を運ぶと、たまたま当時まだ東ドイツの Geburuder Mohnich(ウムラウト省略) 製ファゴットが安い値段で展示されていました・・・

実は、最も演奏したかった楽器はチェロだったのです!

しかしながらヴァイオリンの経験から、やはり管楽器が自分には向いていると感じていました。

ファゴットならばほぼ同じ音域ですし、通奏低音としてフルートとアンサンブルも楽しめる・・・そう思い即購入してしまいました(^^;

半年も経たない頃にアマチュアオーケストラからお呼びが掛かり、いきなりブラームスの交響曲第一番のトップを吹かされました。

その年の暮れにはベートーベンの第九のトップを吹くことになりました。

かなり練習はしたのですが、如何せん楽器が言うことを聞いてくれなくてヴォーカルを替えたり塗装を剥がして黒く塗ったり・・? 色々な事をやってみました。

結局数年後にモーレンハウェルに買い替え、ようやく気持ち良く吹ける様になりました。

オーボエに比べればリードの製作も楽しく、使えるものができました。

コンパクトケースを買ってあちこちにアンサンブルの活動も広げました。

また子供の頃から慣れ親しんだギターも弾きたくなり、クロサワ楽器でクラシックギターを購入して練習し始めたのもこの頃でした。(後にフラメンコギターにも興味を抱き現在に至っております。)

そんな折りに歌口課への異動の話が舞い込んで来たのです。

歌口課へ異動する事が決まりファゴットも売り払い、再び真剣にフルートを練習する事になりました。

朝7時に出社して笛を吹き、終業後夜8時まで練習するという日々が続きました。

何年間続けたのでしょうか・・・楽器の状態を正しく判断出来るように必死で鍛錬しました。

その甲斐あって近年漸く思うようにフルートを吹ける様になりました。

学生時代には『こんなのフルートで完璧に吹くのは無理だ!』と思っていたエチュードも確実に吹ける様になり、楽器としてのフルートの能力を改めて認識する事になりました。

今まで種々な楽器を演奏して来ましたが、結局フルートが自分にとって最も音楽を表現し易い道具である事に気付くに到ったのであります。

最終的には自分を表現するために音楽がありそれを伝える手段としてフルートがあり、そのために如何に自在にコントロールできる楽器を造り出すか?・・・

そうして今、自分の進むべき道が開けて来たのでした。